
余白の朗読室
真の望み DreamSync
noteでも公開しています 真の望み DreamSync 会社帰りの電車で、田村はなんとなくスマホを眺めていた。動画の合間に流れてきた広告が、目に留まった。 「見たい夢を、その通りに」。安っぽいナレーションに合わせて、ヘッドセットをかぶった男が眠りに落ちる映像が流れる。ドリームシンク(DreamSync)。見たい夢に近い映像を見て、その時の脳波を測定し、寝ている間に同じ波形を頭に送り込む——そんな仕組みらしい。最後に、これ見よがしの一文が出た。「この装置で見た夢こそ、あなたの真の望みです」 田村は少し笑った。胡散臭い。だが、その夜のうちに注文していた。 数日後、届いた箱を開けると、妻が呆れた顔をした。 「またしょうもないもの買って」 「いや、これはちょっと違うんだって」 田村自身、うまく説明できなかった。ただ、最近は言いたいことを飲み込む夜が続いていた。会議で企画書を出しても、部長の一言で終わる。 「これじゃ通らないよ」 田村はいつも「わかりました」とだけ言って引き下がる。反論したいことは山ほどある。だが、その言葉はいつも喉の奥で止まってしまう。 その夜、子供が勧めてきたファンタジー映画を、家族で見ることになった。城を守る若い騎士が、悪しき軍勢に一人で立ち向かう話だった。普段はこの手の映画を見ない田村だったが、意外と楽しめた。ヒーローになるのも悪くないな、とぼんやり思った。 寝る前、田村はヘッドセットを手に取った。やはりどこか怪しい。半信半疑のまま、頭に装着してベッドに入った。 朝、目が覚めると、妻がコーヒーを淹れながら聞いてきた。 「どうだった、例のやつ」 田村は戸惑いながら答えた。 「あ、うん……ちゃんとファンタジーの夢は見たよ」 それは嘘ではなかった。ただ、田村が見たのは、騎士の夢ではなかった。 夢の中で、田村は城を攻める軍勢の中にいた。黒いローブをまとい、杖を握る魔法使いだった。城門が崩れ落ちる。誰も田村を止められなかった。玉座の間に踏み込むと、そこにいた騎士や大臣たちが、次々とひざまずいていった。 誰も口を開かなかった。誰も、田村に指図しなかった。 田村は玉座に腰を下ろし、話し始めた。 長く、長く話した。 誰も遮らなかった。誰も、途中で話を切らなかった。最後まで、全員が黙って聞いていた。 話し終えると、玉座の間にいた全員が、深く頭を垂れた。 田村は、その静けさの中で、体の底から満ちてくるものを感じていた。それは支配していることの快感ではなかった。ただ、誰にも遮られずに話し終えたという、それだけのことに対する満足だった。 目が覚めたとき、田村はしばらく天井を見つめていた。 不思議と、気分が良かった。夢の中の自分を思い出しても、恐ろしさはなかった。むしろ、長年つかえていたものが、すっと通ったような感覚だった。 田村はヘッドセットの説明書を、もう一度開いてみた。片隅に、小さな注釈があった。 「本装置は、被験者が意識する願望ではなく、その願望を構成する根本的欲求を再現します。結果として、夢の内容が当初の想定と異なる場合があります」 田村は少し笑った。 ヒーローになりたいと思っていたはずなのに、夢の中で自分は王になっていた。 あの広告の文句を思い出す。 「これこそ、あなたの真の望みです」 安っぽい謳い文句だと思っていたが、まったくの嘘でもない気がした。 その日の会議で、部長がいつものように田村の企画書を突き返した。 「これじゃ通らないよ」 田村はいつものように「わかりました」と言いかけた。だが、その言葉が出てこなかった。 「いえ」と田村は言った。「この点はこうでないとダメだと思います」 部長が顔を上げた。田村自身も、自分の声に驚いていた。だが、一度口から出た言葉は止まらなかった。田村は企画書の意図を、順を追って説明した。なぜこの構成でなければならないか。なぜ部長の指摘する部分を変えると、全体が崩れるか。 部長はしばらく黙って聞いていたが、やがて頷いた。 「なるほど、そういう意図か。それなら分かる」 会議室を出た田村は、昨夜の玉座を思い出した。 あの夢で一番心地よかったのは、王だったことではない。 誰も、自分の言葉を遮らなかったことだった。






