
晴耕雨読 - 吟
感情のハウリング、理解のレイテンシー(ネタバレなし)
<p>「晴耕雨読 - 吟 -」はSubstack ニュースレター「晴耕雨読」の兄弟ポッドキャスト。</p><p>Substack(本体・ホスト)とLISTEN(RSSで配信)から聞いていただけます</p><p>ニュースレターの購読もよろしくお願いします。</p><p>🌾 晴耕雨読 - Tiny newsletters from Kyoto</p><p>🎧 晴耕雨読 - 吟 - LISTEN</p><p>ニュースレター晴耕雨読の弟番組、ポッドキャスト吟、今年もサブスタック発でお送りします。</p><p>見てきましたよ、ガンダムの新しい映画、『閃光のハサウェイ』……あ、『キルケーの魔女』。公開日、金曜日の8時半のレイトショー、IMAX。場所は京都の二条、TOHOシネマズ二条で見てきました。</p><p>思った以上に男の人、しかもおじさんばかりでした。自分もおじさんなんだけど、それ以上におじさんばかりだったというか。初日のそんな時間に見に来る人は、かなり特殊な人たちなのかなという感じで、僕もその一人として、誰かにネタバレされる前に、どうせ見るんだったら早く見なきゃという思いで行ってきました。</p><p>ただ、僕はガンダムの映画というか、ガンダムをちゃんと見始めてまだ1年でして。ジークアックスきっかけでガンダムを追いかけるのを再開して、それ生まではほとんど興味がなかったので、ガンダム偏差値が低いんです。だから内容については、今日は僕は話さないです。</p><p>ネタバレは一切ないんですけど、でも面白かったです。映画としてのクオリティというか、映像も音も、もちろんストーリーも。あと、モビルスーツのバトルも良かったです。かっこよかった。すごい令和のクオリティでやっておりました。</p><p>今日は中身の話ではなくて、作品の中身とは別のところで、予期もしない流れ弾が当たってしまいまして。エンディングの曲ですね。映画が終わっていくのが見えてきて、「さてエンディングだ」というところに流れてきた曲のイントロが流れてきた瞬間、パニックになってしまいまして。</p><p>すぐわかりましたよ。最初の4音を聞いて、一瞬でその曲だと。それはガンズ・アンド・ローゼズというアメリカのロックバンドの、1989年のデビューアルバム『アペタイト・フォー・ディストラクション』の3曲目、「スウィート・チャイルド・オブ・マイン」というバラードっぽい曲です。</p><p>みんな知ってますよね。曲自体は流れてきたら「ああ、あれね」とわかるくらいベタな有名な曲です。マイケル・ジャクソンの「スリラー」、ワムの「ラスト・クリスマス」、エアロスミスの「I Don’t Want To Miss A Thing」のような、それくらい有名な曲のひとつが、今回のガンダムのエンディング曲として流れてきたんです。</p><p>あまりにこの曲が、僕の人生の、一番多感なティーンエイジャーの時に一番聞いていたアルバムで。なんならギターをやろうと思って最初に親にねだって買ってもらったのも、このガンズ・アンド・ローゼズのギタリスト、スラッシュが持っているレスポールがかっこよくて。その廉価版のフェルナンデスのレスポールモデルを買って、ずっと部活もやめてそれを弾いていた。そんな14歳、15歳、大学に入るまでを過ごした曲なんです。</p><p>というわけで、自分にとっては世代だから知っている以上の、人生における動かしがたい存在感がある曲が、突然このおしゃれな映画で流れてきたので、本当にパニックになってしまいました。実はオープニングがシザ(SZA)という今のかっこいいおしゃれな女性アーティストの曲だったことと、エンディングがガンズだという情報は、公式がTwitterなどで公開時点で言っていたらしいんですが、それを知らずに行ったので「流れ弾」という表現が正しいかなと思っていて。</p><p>ガンダムを楽しみに見に行ったのに、そんな流れ弾が飛んできたおかげで、映画が最後のところ集中できなかった。エンディングのスタッフロールの間にある大事なシーンも、全然集中できなくて。「なぜ今ここでガンズが流れてるんだ」と。ガンズの曲とガンダムが、僕の中で全く混ざり合わなかったんです。</p><p>そこまで思い入れがない人だったら「こういう組み合わせがあるんだ、確かにな。歌詞も今の主人公たちの心境に合っているな、いい曲だな」とスッと入ってくるはずなんですが、僕の中には一切入ってこなくて。ガンダムの映画と「スウィート・チャイルド・オブ・マイン」がずっと混乱していた。それを言いたくて今録音してます。</p><p>これを何かに例えるなら、フランス料理のフルコースを楽しみに食べに来て、順番に食べて「やっぱりすごいご馳走だよね」と思っていたら、最後の一皿が、口に入れたらなぜか「おかんの味付け」で「何でやねん?」みたいな。「美味しいけど、おかんの味付けと全く一緒やん」という、そんな感じでした。</p><p>受け入れたいけど、受け入れなきゃいけないんだけど受け入れられない、そことそこは混ざらない。急に自分のプライベートな青春時代が混ざり込んできて。ハサウェイの心境を映画として鑑賞していたはずが、自分の中学時代の記憶、部活も辞めて狭い子供部屋で安いアンプでギターを一人黙々と弾いていた日々が走馬灯のように。あのイントロを聞いたらそうなっちゃうんです。</p><p>有名な間奏で「Where do we go? Where do we go now?」という、「俺たちはどこに行くんだ」という歌詞があるんですけど、もう全然それはハサウェイのことじゃなくて「映画館にいる自分がどうしたらいいんだ」という感じになってしまって。ほんとに不意打ちの流れ弾を食らったという感じでした。</p><p>誤解のないように言うと、別に選曲が悪いとか演出がずれているとかじゃなくて、僕の個人的な記憶と映画が結びつかずにハウリングしている感じで。古いスタンダードな曲をあえて最新の映画に使うのは目新しいことではないですが、監督のコメントを後で見たところ、女性アーティストによるカバーを最近聞いて印象に残っていたから採用したそうです。</p><p>だったら、その女性アーティストのバージョンにすればよかったのに、と僕は思いました。この曲はシェリル・クロウなど色々な人がカバーしていて、アメリカの映画やドラマ、プロレスラーの入場曲などでも使われるアンセムです。</p><p>今回の『キルケーの魔女』ではギギ・アンダルシアがほぼ主役のような感じなので、それだったらカバーバージョンのほうがよかったんじゃないかと。でも人によっては、ガンズのファーストアルバムにあるような「初期衝動」が、ハサウェイのテロリストとしての向こう見ずな姿勢とリンクしているとは言えるんですけど。でもやっぱりあの映像と、LAメタルの残り香を持ったバッドボーイ






